2008年8月23日 (土)
米国に逆転負け、メダルも逃す ~3位決定戦~
野球の3位決定戦が行われ、金メダルの望みが絶たれた日本は米国と対戦した。日本は青木宣親の3ランで一時は3点リードを奪ったが、米国のホームラン攻勢の前に逆転を許し、4-8で敗れた。オールプロで臨んだ星野ジャパンはメダルすら逃し、屈辱的な形で今大会を終了した。
川上、勝ち越し打浴びる
日本代表 4 = 103000000
米国代表 8 = 01304000×
勝利投手 アンダーソン
敗戦投手 川上
本塁打 (日)荒木ソロ、青木3ラン
(米)ラポルタソロ、ブラウン3ラン、ドナルド2ラン
つながらない打線、ほころびをみせる守備、そして最後は頼みの投手陣が崩壊した。「金メダルしかいらない」との決意で臨んだ北京五輪は“銅メダルすらとれない”最悪の結果に終わった。
先発は和田毅。4年前のアテネ五輪でも3位決定戦に登板し、勝ち投手になっている。米国の先発が左腕のアンダーソンということもあり、8番には不調の村田修一、9番は韓国戦で痛い守備のミスを犯したG.G.佐藤と右打者を並べた。
先制したのは日本だった。1死から2番・荒木雅博が中に入ったストレートを振りぬく。打球はレフトポール際に飛び込むソロアーチ。1点を先行する。
ところが先発・和田はいつもよりボールにキレがない。1回を三者凡退でしとめ、2回も2死まで簡単に奪いながら、ラポルタに1-3から投じたストレートが高めに入る。はじき返された打球はあっという間に右中間スタンドへ。わずか1球で同点に追いつかれた。
日本は直後の3回、2つの四球を選び、1死1、2塁のチャンスをつかむ。前の打席で本塁打を放っている荒木はライトへのフライに倒れたが、3番・青木宣親がストライクをとりにきた低めのボールをジャストミートする。レフト頭上を襲った打球は、そのままフェンスを越えてスタンドイン。もらった好機を逃さず、得点に結びつけ、3点を勝ち越した。
だが、ここから悪夢がよみがえる。4回、先頭のバーデンがフラフラッと打ち上げた打球がレフト前へ飛ぶ。レフトを守っていたG.G.佐藤がショートの中島裕之を制して落下点へ――。しかし、白球はまたもやグラブをはじいた。1死無走者のはずが、無死2塁。動揺したのか、和田は次打者に四球を与え、ランナーをためてしまう。1死後、4番のブラウンへの9球目、フルカウントから投じた変化球が甘く入った。白球はセンターのバックスクリーンに飛び込む同点3ラン。1つのミスで流れは日本から米国へと一気に傾いた。
さらに6回、和田の後を継いだ川上憲伸に米国打線が襲い掛かる。まず、1死から前の打席でホームランを放っているブラウンがレフトフェンスに当たる2塁打で出塁。続くシャーホルツにはカウント2-1と追い込みながら、3球連続ボールで1塁へ歩かせてしまう。2死後1、3塁で7番・ティガーデン。川上はカウント1-2からアウトローのストレートを投げ込む。が、リーチの長い外国人にとっては、ちょうど打ちごろのボールになった。
打球はライト・稲葉篤紀の頭上を越えるタイムリー2塁打。2点を勝ち越された。川上は前日の韓国戦から連投で、この試合3イニング目に突入していたものの、ベンチは続投を決断する。これがさらなる悲劇を招いた。次のティガーデンが叩いた高めのボールは、レフトポールめがけて舞い上がる。ボールはそのままポールに跳ね返って外野の芝生に落ちた。ビハインドが4点に広がる2ラン。日本は今大会チーム最多失点となり、苦戦を強いられる。
反撃したい打線も、序盤から4点を奪ったアンダーソンをマウンドから引きずり下ろすことができない。右打者の内に沈むスライダーをことごとく引っ掛け、残ったのはゴロの山だった。中盤に点が取れなかった今回の星野ジャパンを象徴する展開で、アンダーソンは8回まで投げ、余力を残してマウンドを降りた。
もう失点の許されない日本は、6回から成瀬善久、8回にはダルビッシュ有をマウンドに上げる。ダルビッシュは決勝トーナメントでのフル回転を期待されていた星野ジャパンのエース。その右腕を、こんな場面でしか起用できなかったところが、今大会の日本チームの流れの悪さを物語っていた。
最終回、2死2、3塁から阿部慎之助のひっかけた打球が一塁に転がり、星野ジャパンの戦いはピリオドが打たれた。野球が公開競技となった1984年のロサンゼルス五輪から7大会目、メダルを獲れなかったのは、2000年シドニー大会以来2度目のことだ。各球団2人までとの制約の中、銅メダルに終わったアテネの反省を踏まえ、今回は12球団が一致協力して、代表入りの人数制限を設けなかった。その結果は1次リーグ4勝3敗、決勝トーナメント2敗。日本“最強”メンバーで臨んだはずの野球“最後”の五輪は、日本にとって“最低”の成績で幕を閉じた。
●星野監督
この大会を通じて、あらゆる面で選手たちはかわいそうだった。野球にはケガが付き物。我々が選んだ選手だから(故障者が出たことは)言い訳にはならない。ミスも野球のひとつだから、選手を責めるわけにはいかない。
(大会を通じて)野球そのものが不思議でしょうがなかった。リズムというか流れが良くなかったから最初のゲーム(キューバ戦)でピッチングもバッティングもこわごわしていて、他のゾーンで試合をしているようだった。ただ選手は必死になってやってくれた。日本のみなさんには申し訳ない。ただ、その一言です。



